日々精進時々堕落

| CALENDAR | RECOMMEND | ENTRY | COMMENT | TRACKBACK | CATEGORY | ARCHIVE | LINK | PROFILE | OTHERS |
スポンサーサイト 2010.10.02 Saturday

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | - | スポンサードリンク |
ホント久々に 2006.04.09 Sunday
怒っている。
自分で言うのもなんだが、自分は大抵のことでは怒らない。
少なくとも声を上げて怒るようなことは無い。大概怒るよりも呆れる。
そんな暇があったら、解決策を考えて実行する方が遥かに効率的だからだ。
しかし今、正直、相手を正座させて小一時間説教したい気分である。
ふざけるな、と。
※大半が愚痴なので読まない方が健康のためかもしれません。特に前半部

まぁ、なんつーか、これまでにも多少触れてきたけど、実家のリフォームのことなんすよ。
予定では4月頭に終わる予定で始めたのになんだかんだ色々後から出てきて
まだウダウダやってんすよ。
正直、もうほとんど終わってて、かなりイイ感じにはなってます。
ただちょっと細かいところがね、中学生の技術の授業かと。
日曜大工のほうがまだマシです。
実際工事をやってる途中で色々と家の構造的に問題が出てきたこともあったりしたんで
それはもう完全にしょうがないし、いいんですよ。
ただホント大工さんの作業の雑さが酷くてね、それでもプロなのかと。
結局それで補修やらやり直しやらで時間食ってんだからお話になりません。
家ってね、やっぱり人間の生活の中心なんですよ。一番落ち着けるところなんですよ。
そこがしっかりしないと個人も家庭もまとまらないわけですよ。
向こうはたかだが一週間や二週間だと思ってるかもしれませんが、冗談じゃないです。
その分ウチは毎日工事に人が入って、狭いとこで生活してるわけですよ。
落ち着かんわけですよ。こっちの時間を向こうのせいで消費させられるわけですよ。
皆ストレス溜まるわけですよ。
自分だってさっさと作ったりやっておきたかったことが山ほどあったのに、
自分の部屋構築できないせいで、全然できなかったわけですよ。
一週間や二週間の話じゃないですよ。
その時にできなかったせいで後々一ヶ月も何ヶ月も作業に差がでてくるわけですよ。
それをね、どうしてくれるのかと。

ホントね、今回一連の工程を見ててね、
なんでちゃんとスケジュール組んだはずのプロジェクトがいつの間にかデスマーチになるのか
といったIT業界でも良くある原因が客観的に分かりました。

ずっと見てて思ったんですが、家を作るのとソフトウェアを作るのって
やっぱり似た部分があるんですよ。前にバイトしてたところの社長が
「プログラミングは頭の中の土木工事」だと言っていたと聞きましたが、
その意味をかなり理解しました。ホント名言です。

プログラムでも何でもモノを作るときってのはさ、

1.前準備:要求把握、調査、検討
2.計画:仕様決定、スケジューリング、見積もり
3.部分実装:仕様確認→実装→検証→修正、検証の繰り返し
4.統合:各実装連結→総合検証
5.アフターケア


とかそういう流れなわけですよ。
ところが今回のは後から見ると、

1.前準備→前もっての調査が足りない、ちゃんと調査を始めにしておけば防げたはずのことの多いこと多いこと。
2.計画→これはほとんど問題なし
3.部分実装→大工の技術レベルが話しにならない。細かい養生なども頭回らない。さらに「検証」のステップがない。
4.統合→3の段階で検証がおろそかなせいでボロボロと問題が発覚。結局補修、やり直しが入る。
5.アフターケア→正直期待していない。カエレ。


というのが自分の感想です。
おそらくIT業界のデスマーチの状況も上の大工の部分をSEかプログラマに
変えていただければ問題ないかと。

自分が怒ってるのはね、何よりも彼らがプロフェッショナルでないどころか
そうであろうとしようと思ってる節が見えないところなのです。

同じものづくりを目指している人間として情けなくなります。

プロフェッショナルってなんですか?
皆さんは自分の中にプロフェッショナルの定義を持っていますか?
自分はあります。自分の中のプロフェッショナルの定義は3つです。

1.自分の仕事内容、そしてその仕事に対しての誇りを持っている。
2.「当たり前」が当たり前に考えれる頭。
3.それらをちゃんと実行できる力(技術、ノウハウ)。


自分の仕事に誇りを持てない人間はどんなに能力が高くてもプロフェッショナルではありません。
問題に対して本気で考えることができないからです。
この意識を持ち続けることは非常にきついことだと思います。
「当たり前」を当たり前だと考えれることは非常に難しいことです。
例えば飲食店なんかで、料理を家族全員分一緒に届けられるようにするとか、
子供が食べすぎで吐いたら5秒で追加のお手拭持ってきて後で水持ってきてくれるとか、
そういうことに対しても嫌な顔一つしないとか。
そういったサービスとして「当たり前」なんだけど当たり前にするのが難しいことを
ちゃんとやっているところには自分はプロフェッショナルを感じるのです。
実際に上に上げたのは自分の知ってる店で実際にあったことで、
そこの社員教育には尊敬の念すら感じている店です。
そして意識があっても実力がなければ意味がありません。

自分が考える「プロフェッショナルであるべき状態」の条件はただ一つ。
その仕事でお金を頂いているか否かです。
お金を頂いている以上社員だろうがアルバイトだろうがパートだろうが、
プロフェッショナルであるべきだと自分は考えます。
もちろんアルバイトやパートでは責任を取ったりすることはできませんから
プロフェッショナルとは言えないかも知れません。
でもそういう意識を持って欲しいのです。
それが物を作って提供するということに対しての自分の拘りなのです。

では、組織でこれをちゃんと行うためにはどうすればいいのか。
自分は「徹底した教育と情報共有」だと考えます。
徹底した、というのが非常に大事で困難です。何事も中途半端がケガの元。
最近自分はよく情報共有が大事だと言っていますがIT業界などでは
最近ブログなど便利なツールを使って情報共有を徹底的に行った企業が
やっぱり伸びてきてると思います。ではこれを行うと何が起こるのか。
最初に情報共有をすることによって意識の統一化が行われます。
全体で何をすべきなのか、今どういう状況なのか、どういう方向、考えで勧めるのか等
様々な目的進行のための要素に全員の力が向くようになります。
そして二つ目に起こるのは情報の淘汰です。
より良い部分や発想、悪い部分や欠点がハッキリと全員に分かる形で自然に浮き出てくるはずです。
これによってさらなる効率化が行われるようになるのです。


なんだかんだ文句いいましたが、自分もここに書いたようなことを再認識させられました。
自分もまだまだここに書いたようなことに対して意識不足、実力不足なので
これからも頑張ってここに書いたことを心に持って頑張りたいと思います。
皆様もなにか思うところがあれば幸いです。
| 考察 | comments(0) | - | Dr.Garugari |
スポンサーサイト 2010.10.02 Saturday
| - | - | - | スポンサードリンク |
Comment








<< NEW | TOP | OLD>>